新年あけましておめでとうございます。
本年も、すべての人々が穏やかに、そして幸福であることを、心よりお祈り申し上げます。
新しい年の始まりにあたり、あらためて空海という人を、時を超えて思い浮かべてみたいと思います。
空海は、仏教の本当の姿、そして、ものごとの本質を求めて唐に渡り、密教を学び、そこに深い真理を見出した人でした。
彼が日本へ持ち帰った密教は、それまで十分に整理されていなかった仏教の教えを、思想としても、実際の生き方としても、わかりやすく伝えようとする試みであったように思われます。
それは、すべての生きとし生けるものが、この身このままで仏となりうる――「即身成仏」という、とても切実で、現実に寄り添った教えでした。
当時の日本は、天皇を中心とした国家のかたちが整えられていく時代であり、仏教もまた、国を守るための宗教として大きな役割を求められていました。
国家安泰や五穀豊穣、疫病退散といった祈りは、当時の人々にとって切実なものであり、空海もまた、そうした願いを否定したわけではありません。
けれども、空海の密教は、王権や国家のためだけのものではありませんでした。
空海が見つめていたのは、貴族や農民といった立場の違いを越えて、日本に生きる「すべての人」の姿であり、その幸せであったように思います。
言葉を持たない人、学ぶ機会に恵まれなかった人、日々の苦しみの中で生きる名もなき人々――そうした人々であっても、生きたまま仏となることができる。その可能性を示す道として、密教は形づくられ、実践されていきました。
密教は、遠い未来に救われることだけを約束する教えではありません。
今ここに生きているこの身、この心、そしてこの世界そのものが、すでに仏のはたらきの中にあることを教えています。
だからこそ空海は、書き、語り、祈り、そして人々が学ぶ場を開きました。真言密教を通して、誰もが自分の内にある可能性に気づいてほしい――空海は、そう願い続けたのでしょう。

2026年を迎えた今の日本もまた、不安や分断を抱えながら歩みを続けています。
経済や政治、技術がどれほど進んでも、人の心の悩みがなくなることはありません。
だからこそ、空海が目指した「すべての人の幸福」、すなわち即身成仏という考え方は、今の私たちにも、静かに語りかけてくるように思われます。
この一年が、誰か一部の人だけの成功や繁栄ではなく、名もなき一人ひとりの尊厳と幸せが大切にされる年となることを願いながら、空海の志に、そっと心を寄せたいと思います。
新しき年の始まりに、合掌。


コメントを残す