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  • 空海から世界へ――現代に甦る「鎮護国家と済世利人」

    空海から世界へ――現代に甦る「鎮護国家と済世利人」

    【「鎮護国家と済世利人」が意味するもの】

    空海が目指した「鎮護国家と済世利人」という理念は、現代の世界にも通用するのではないでしょうか。

    世界情勢が不安定化する現在、私たち日本人が世界に示すべき一つの道が、この「鎮護国家と済世利人」ではないかと筆者は考えます。これを現代の言葉に置き換えるなら、「世界の安寧と人類の幸福」、あるいは「世界平和と人間の尊厳」と表現できるでしょう。

    空海は、密教によって国家の安泰を祈るだけでなく、人々の心から不安を取り除き、一人ひとりがよりよく生きるための道を示そうとしました。空海にとって、国家の安寧と民衆の救済は、別々のものではなかったのではないでしょうか。

    人々の心が安定し、互いを尊重しながら正しく生きることが、社会と国家の安定につながる。空海は、そのように考えていたのではないかと思うのです。

    【日本の精神文化に残されたもの】

    もちろん、日本の歴史が千年以上にわたって、常に平和であったわけではありません。国内では内乱や戦争が繰り返され、近代には日本も対外戦争の当事国となりました。その歴史を忘れ、空海の思想によって日本が平和であり続けたと単純に結論づけることはできません。

    それでも、仏教や神道をはじめとする日本の精神文化には、異なる思想や信仰を完全に排除するのではなく、それらを受け入れ、共存させようとする傾向が育まれてきました。神と仏をともに敬い、外来の文化を受け入れながら、それを日本独自の形へと組み直してきた歴史にも、その特徴が表れています。

    このような精神文化の形成に、空海が伝えた密教思想も一定の役割を果たしたのではないかと筆者は考えます。

    【日本人の心に働く精神的な「プログラム」】

    前回のコラムでは、空海が日本人の心に残したものを、精神的な「プログラム」と表現しました。

    それは、すべての人間のうちに仏となる可能性を認め、現実世界を捨てることなく、この身、この場所、この社会のなかで悟りを実現しようとする思想です。

    空海が説いた即身成仏は、悟りを遠い未来や死後の世界だけに求めるのではなく、今を生きている自分自身のなかに、その可能性を見いだそうとするものでした。

    この思想は、千年以上にわたって日本人の心の深層に働き続ける、一つの思想的・精神的な「プログラム」になったのではないでしょうか。そして、このプログラムを現代にふさわしい形に組み直し、世界へ提示することが、今日の日本人に求められている役割の一つではないかと筆者は考えます。

    もちろん、これは空海の時代の儀礼や教義を、そのまま現代社会に復活させるということではありません。

    自分と他者を完全に切り離して考えないこと。異なる存在や価値観を認めること。自らの欲望や怒りを制御すること。そして、自分に与えられた能力を、自分だけの利益ではなく、社会や他者のためにも生かすこと。

    空海の思想に含まれるこうした精神的な仕組みを、現代の人々が共有できる普遍的な理念へと組み直すことです。

    【国家の安寧から世界の安寧へ】

    世界が一体化した今日、一つの国だけが繁栄し、他の国々が苦しむ状態を長く続けることはできません。国家の安全と世界の平和、経済の発展と人間の幸福を、別々の問題として扱うことも難しくなっています。

    だからこそ、「鎮護国家と済世利人」を「世界の安寧と人類の幸福」へと拡張して捉えるとき、空海の思想は改めて大きな意味を持つのです。

    人類は長い歴史のなかで、戦争と対立を繰り返してきました。現在のウクライナや中東をめぐる混乱も、その延長線上にあります。武力によって相手を屈服させても、新たな憎しみが生まれ、次の争いの原因となる。その繰り返しを、人類は何度経験してきたことでしょう。

    【宮沢賢治の言葉との響き合い】

    宮沢賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と考えました。

    この言葉は、一人だけの幸福も、一国だけの繁栄も、他者の苦しみの上には長く成り立たないことを示しています。それは、「世界の安寧と人類の幸福」を一体のものとして捉える考え方であり、「鎮護国家と済世利人」を現代的に展開した思想とも重なります。

    しかし、異なる歴史、宗教、文化、価値観を持つ国々に対して、ただ「争いをやめよう」と叫ぶだけでは、問題を解決することはできません。

    必要なのは、相手を力によって変えることではなく、互いの生命と尊厳を認め合う新しい精神的基盤を、世界の人々とともにつくることです。

    そのために、日本で育まれてきた共生、寛容、自己抑制、利他の精神を、現代的かつ普遍的な理念へと進化させ、世界に提示することが求められているのではないでしょうか。

    【世界との対話によって新しい理念をつくる】

    それは、日本の思想を一方的に世界へ押し広げることではありません。空海の思想を一つの出発点としながら、世界のさまざまな宗教や思想と対話し、それぞれの知恵を持ち寄ることです。その対話を通じて、人類が共有できる「世界の安寧と人類の幸福」への道を、ともにつくっていくのです。

    そして、この理念を担うのは、政治家や宗教家などの指導的な立場にある人々だけではありません。社会のあらゆる立場の人々がこの理念を共有し、それぞれの日常のなかで実践していくことが大切です。

    【一人ひとりの実践から世界の平和へ】

    他人の立場を想像し、尊重すること。異なる意見をすぐに排除しないこと。怒りや欲望に支配されないよう、自らの心を見つめること。そして、自分に与えられた能力を、周囲の人々や社会のために生かすこと。

    こうした一人ひとりの小さな実践こそが、「世界の安寧と人類の幸福」へとつながっていきます。そして、その実践の積み重ねは、自らの心を整え、他者とともによりよく生きようとする、空海の教えにも通じる歩みではないでしょうか。

    世界の平和は、遠い場所で誰かが実現してくれるものではありません。多くの人々が、自らの心を整え、他者の幸福を願って行動する。その日々の積み重ねによって、世界の平和は少しずつ形づくられていくものなのです。

    空海の「鎮護国家と済世利人」を、現代の「世界の安寧と人類の幸福」へと甦らせること。

    それは世界のためだけではありません。グローバル化した世界に生きる日本人自身が、平和に、そして幸福に生きていくための道でもあると、筆者は考えるのです。

  • 空海が日本に遺した精神的プログラム――『鎮護国家と済世利人』

    空海が日本に遺した精神的プログラム――『鎮護国家と済世利人』

    空海が目指した「鎮護国家と済世利人」

    空海は、遣唐使の一員として唐に渡り、長安の青龍寺で恵果阿闍梨から正統な密教を授けられました。では空海は、その密教を日本でどのように生かそうとしたのでしょうか。

    私は、空海が最終的に目指したものは、「鎮護国家と済世利人」だったのではないかと考えています。すなわち、国の安寧を祈るだけでなく、苦しむ人々を救い、人々がよりよく生きられる社会をつくることです。

    激動する時代に生まれた空海

    空海の青年時代は、日本の政治と社会が大きく揺れ動いた時期でした。

    都は平城京から長岡京へ、さらに平安京へと移されました。その過程では、政争や暗殺事件が起こり、非業の死を遂げた早良親王の怨霊に対する畏れも社会に広がりました。桓武天皇と朝廷は、政治的な混乱だけでなく、疫病や災害までも怨霊や祟りと結びつけて受け止めていました。

    人々の生活は疲弊し、国家と社会を精神的に支える、新たな思想と祈りの体系が求められていたのです。

    官僚への道から仏道へ

    空海は十八歳で大学に入り、儒教を中心とする学問を修めました。当初は、官僚として朝廷に仕え、国家と人々のために働く道を考えていたのかもしれません。

    しかし、空海は次第に、大学で学ぶ儒教的な知識や官僚制度だけでは、人間の苦しみを根本から救うことはできないのではないか、と疑問を抱くようになったのではないでしょうか。

    もちろん、儒教にも仁政や徳治など、人々の安寧を願う思想があります。しかし儒教は、主として現実社会の秩序を整える教えです。それに対して仏教は、人間はなぜ苦しむのか、その苦しみからどのように解放されるのかという、より根源的な問題を扱います。

    若き空海は、儒教・道教・仏教を比較し、仏教こそが人間を根本から救う教えであると考えるようになりました。その心境は、二十四歳ごろに著した『三教指帰』にはっきりと表れています。

    山林修行と室戸岬での体験

    大学を離れた空海は、山林修行の道に入りました。四国の山岳や海岸を巡り、「虚空蔵求聞持法」という厳しい修行を重ねたとされています。

    『三教指帰』には、土佐の室戸岬付近で修行していたとき、「明星来影す」と呼ばれる神秘的な体験をしたことが記されています。それを完全な悟りと呼べるかどうかは別として、この体験が空海の宗教的人生を決定づける大きな転機になったことは間違いないでしょう。

    しかし、山林での修行だけでは、空海が求めていた仏教の全体像を明らかにすることはできませんでした。やがて空海は『大日経』などの密教経典に出会います。そこには、真言、印契、曼荼羅、瞑想などを通じて、悟りをこの身において実現するための具体的な方法が説かれていました。

    空海は、その奥義を正しく学ぶには、密教の本場である唐へ渡る必要があると考えたのでしょう。

    密教を日本社会に生かす

    唐に渡った空海は、長安の青龍寺で恵果阿闍梨と出会い、密教の正統な継承者として教えを授けられました。

    帰国後の空海は、密教を自分一人の悟りのためだけに用いたのではありませんでした。高野山を修行の道場として開き、東寺を密教の根本道場とし、国家安泰を祈る修法を行いました。また、後継者を育成し、密教が将来にわたって正しく伝承される仕組みを整えました。

    さらに、綜芸種智院を開いて教育の門戸を広げ、満濃池の修築にも関わったと伝えられています。ここには、祈りと思想だけでなく、教育や社会事業を通じて人々を救おうとする空海の姿があります。

    空海にとって「鎮護国家」と「済世利人」は、別々のものではなかったのではないでしょうか。国家の真の安寧は、権力によって秩序を維持するだけでは実現しません。一人ひとりが自らの心を整え、他者を尊重し、慈悲をもって生きることによって、初めて社会全体の安寧が生まれる。そのように空海は考えていたのではないかと思います。

    日本人の心に残された精神的なプログラム

    今日の日本人が持つ、穏やかさ、平和を尊ぶ心、自然への畏敬、他者への配慮といった倫理観は、空海一人によって生まれたものではありません。神道、儒教、さまざまな仏教思想、地域共同体の習慣など、多くの要素が重なって形成されたものです。

    しかし空海が、日本人の精神文化の形成に大きな影響を与えたことも確かでしょう。

    すべての人間のうちに仏となる可能性を認め、この現実世界を捨てるのではなく、この身、この場所、この社会のなかで悟りを実現しようとする空海の思想。それは、千年以上にわたって日本人の心の深層に働き続ける、一つの思想的・精神的な「プログラム」になったのではないでしょうか。

    空海が唐から持ち帰ったものは、経典や曼荼羅、法具だけではありません。それは、人間の内面的な成長と社会の安寧を一つに結びつける、壮大な思想体系だったのです。

  • 四国八十八箇所霊場の巡礼記(2)

    四国八十八箇所霊場の巡礼記(2)

    第二回目の四国八十八箇所霊場巡礼記です。

    今回は第十二番札所から第二十番札所までを巡りました。2026年6月23日から24日にかけての巡礼です。これで徳島県の札所はすべて参拝することができました。次回からはいよいよ高知県に入ります。

    今回訪れた札所には山深い場所に建つ寺院が多くありました。空海が若き日に修行したと伝えられる寺もあり、古代日本の山岳信仰や修験道の雰囲気を今なお感じさせる場所ばかりでした。

    空海もこうした厳しい自然の中で修行を重ね、悟りを求めました。しかし、それだけでは満足せず、さらに深い仏教の真理を求めて唐へ渡ります。そして真言密教を学び、日本へ伝えました。その探究心と行動力は、改めて考えてみても並外れたものだったと思います。

    山寺を訪れると、圧倒的な自然の力を感じます。空海も同じ景色を見ながら修行していたのでしょう。しかし彼は、ただ自然と一体になるだけではなく、人間が自然の一部としてどのように生きるべきか、その答えを求め続けたのかもしれません。その思いが、海を渡り新たな教えを求める原動力になったようにも感じられます。

    それでは、今回巡った札所をご紹介したいと思います。

    1.第十二番札所 焼山寺(しょうさんじ)

    焼山寺は深い山々に囲まれた場所にあり、本尊は虚空蔵菩薩ですが、蔵王権現も祀られており、山岳信仰の色濃い寺院です。

    境内で特に印象に残ったのは石でした。徳島県特有の阿波青石が随所に使われており、その青緑色が周囲の自然と見事に調和しています。

    訪れた日は霧雨が降っていました。六月の湿った空気の中、木々の生命力がいっそう強く感じられます。そして阿波青石もまた、長い年月をこの山中で過ごしてきたかのような存在感を放ち、まるで石そのものにも息吹が宿っているように感じられました。

    2.第十三番札所 大日寺(だいにちじ)

    大日寺は城下町の里にあるお寺で、道を隔てた場所には阿波一宮があります。本尊の十一面観世音菩薩が祀られており、山深い焼山寺とは対照的に、人々の暮らしの中に溶け込んだ親しみやすい雰囲気のお寺でした。

    3.第十四番札所 常楽寺(常楽寺)

    常楽寺も集落の近くにあるお寺ですが、境内全体が岩盤の上に築かれているのが特徴です。足元の地面も岩で覆われており、まるで岩山の上に建つお寺のような独特の景観を見せています。

    本尊は弥勒菩薩です。遠い未来にこの世へ現れ人々を救うとされる仏様ですが、この岩の大地に立っていると、悠久の時の流れを見守っているような不思議な雰囲気を感じました。

    4.第十五番札所 国分寺(こくぶんじ)

    国分寺は常楽寺からすぐの場所にあります。名勝として知られる庭園があります。人工的な雰囲気で山岳信仰とは対照的な雰囲気です。

    5.第十六番札所 観音寺(かんおんじ)

    観音寺は住宅街の中にあるこぢんまりとしたお寺です。境内はコンパクトにまとまっており、大きな寺院とは異なる親しみやすい雰囲気があります。

    6.第十七番札所 井戸寺(いどじ井戸寺は郊外にある立派なお寺です。山門や伽藍も大きく、堂々とした風格を感じます。

    この寺には、空海が掘ったと伝えられる井戸があります。真偽は定かではありませんが、空海は満濃池の改修に代表されるように土木技術にも優れていた人物です。もし本当にこの地で井戸を掘り、人々の生活を支える水源を確保したのだとすれば、その功績は計り知れません。

    単なる伝説としてではなく、地域の人々の暮らしに寄り添った空海の姿を想像すると、深い感動を覚える札所でした。

    7.第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)

    恩山寺は山の中腹、深い森に囲まれた静かなお寺です。雨に濡れたアジサイが美しく咲き、境内にはしっとりとした風情が漂っていました。古いお堂には数多くの仏像が並び、長い歴史を感じさせる趣のある札所でした。

    8.第十九番札所 立江寺(たつえじ)

    立江寺は市街地にあるお寺です。庭はよく手入れされ、建物もきれいに整備されていました。修復された仁王像が、厳しい表情で山門を守る姿が印象的でした。

    9.第二十番札所 鶴林寺(かくりんじ)

    鶴林寺は山深い場所にありました。建物は古く、苔むした風情があります。山の中に三重塔がひっそりと建っており、静かで落ち着いた雰囲気のお寺でした。

    10.第二十一番札所 太龍寺(たいりゅうじ)

    太龍寺は、ロープウェイで向かうほど山深い場所にあります。「西の高野山」といわれるだけあって、山上には大きな伽藍が建ち、その荘厳な姿に圧倒されました。眼下には那賀川が流れ、まるで一匹の龍のように大地を潤す一方、ときには災害をもたらす存在でもあります。その龍を鎮め、人々の暮らしを見守るように太龍寺が建てられているのではないかと感じ、深く印象に残りました。

    11.第二十二番札所 平等寺(びょうどうじ)

    平等寺は里にあるお寺です。古い建物が残り、歴史を感じさせる風情ある札所でした。派手さはありませんが、どこか心が落ち着く、そんなお寺でした。

    12.第二十三番札所 薬王寺(やくおうじ)

    薬王寺は町中のお寺で、駐車場には日帰り温泉施設が併設されており、市民とともにあるお寺でした。建物もよく整備されています。

    今回は第二十三番札所までの巡礼となりました。

    二十三のお寺を巡礼してみると、本当に一つとして同じ寺はありません。それぞれに歴史があり、風景があり、信仰があり、個性があります。

    私は、日本に仏教が伝わった理由の一つは、新しい「知」を求めたことにあったのではないかと考えています。国家が発展していくためには、経済や行政だけでなく、教育や科学、思想といった知性が欠かせません。古代に伝来した仏教は、単なる宗教ではなく、文字、医学、土木、教育など幅広い知識を含んだ総合的な文化でした。寺院は、その土地に知をもたらし、人々を育てる拠点として大きな役割を果たしていたのではないでしょうか。

    時代は移り、多くの寺院は葬儀や法要を中心とした役割を担うようになりました。しかし、その役割も社会の変化とともに大きく揺らいでいます。そのような中で、四国八十八ヶ所は、巡礼という文化を通じて歴史や信仰を伝え、観光として訪れる人にも、仏教の教えを深く求める人にも、新たな価値を提供し続けています。

    そして何より不思議に感じるのは、**「空海がこの地を訪れた」**という事実が、千二百年の時を超えて今なお多くの人々を引き寄せ、その寺に新たな意味を与え続けていることです。それこそが「縁」の力であり、仏教が大切にしてきた世界なのかもしれません。

    私自身、この巡礼を通して寺院を巡っただけではなく、日本の歴史や文化、そして人と人との縁の尊さについて改めて考える機会をいただきました。

  • スッタニパーダと空海に見る「人の道」

    スッタニパーダと空海に見る「人の道」

    スッタニパータは、仏教最古層の経典の一つであると言われています。その内容は、後世に体系化された仏教経典とは大きく異なり、パーリ語による詩の形式で構成されています。そこには弟子やバラモンたちが直接仏陀に問いかける場面が数多く描かれており、仏陀を超越的存在としてではなく、一人の人間として身近に感じることができる経典なのです。

    また、スッタニパータの特徴は、その教えが非常に平易であることです。当時の人々が日常の言葉として理解できる形で語られており、難解な宗教理論を説こうとしているようには見えません。むしろ仏陀は、「人はどのように生きるべきか」という問いを、誰にでも理解できる形で説いていたように思われます。

    その内容は、現代人にも通じる普遍的な倫理観に満ちています。確かに時代背景の違いから、表現の一部には現代では過激、あるいは粗野に感じられる箇所も存在します。しかし、その根底に流れているのは、人間が執着や欲望に振り回されず、正しく生きるための道であるように思われます。

    私は、スッタニパータを読むと、仏教の普遍性の原点がここにあるように感じます。ほかの宗教では、どうしても神を信じることを前提とする側面があります。しかし、スッタニパータでは神そのものを中心に論じてはいません。そこでは、人が執着や欲望に縛られることで苦しみを生み出していることを説いています。そして、その苦しみから離れ、正しく生きる道を、教義として押し付けるのではなく、人々が自然に理解できるように語りかけているのです。

    つまり、スッタニパータとは、人が人生を歩むための「道」を示した経典であるように思えるのです。

    この「道」という考え方は、後の東洋思想にも深く影響しているように思われます。学問の道、武士道、茶道など、日本文化には「道」という思想が広く存在しています。その根底には、人間の内面を磨きながら生きるという東洋的精神が流れているように感じられます。

    日本に仏教が伝来した際には、中国を経由した大乗仏教が中心であったため、スッタニパータのような初期仏教経典は長く知られていませんでした。しかし、その倫理観そのものは、日本仏教の中にも確かに受け継がれているように思われます。特に私は、空海の思想との共通性を感じざるを得ません。

    空海は若い頃、儒教を学びましたが、それだけでは人生や宇宙の真理には到達できないと考え、仏教へと向かいました。そして、当時の日本仏教にも限界を感じ、中国へ渡って密教を学んだのです。

    空海が中国から帰国後に広めた真言密教は、単なる知識や学問ではなく、人が自己を見つめ、宇宙の真理と一体化するための実践の道であったように思われます。その意味で、スッタニパータが説く「人として正しく生きる道」と、深い部分でつながっているように私には感じられるのです。

    もちろん、スッタニパータと真言密教は、歴史的にも教義的にも同じものではありません。しかし両者には共通して、「真理は一部の特権的な人だけのものではなく、本来すべての人に向けられている」という思想があるように感じられます。

    また、後の大乗仏教では、「空」の思想が体系化されていきました。龍樹などによって深められたこの思想は、すべてのものは固定的な実体を持たず、互いに関係し合いながら存在しているという理解につながっています。

    そして空海は、十住心論の中で、人にはそれぞれ異なる段階や境地があることを説いています。人は煩悩を持つ存在でありながら、それでもなお悟りへ向かう可能性を持っているという考え方です。

    このように考えると、人が執着から解放され、正しい生き方へ近づいていくという思想は、初期仏教から大乗仏教、さらに真言密教へと、形を変えながら受け継がれていったようにも思われます。

    私は、スッタニパータを読むたびに、仏陀が本当に伝えたかったものは、難解な宗教理論ではなく、「人としてどう生きるべきか」という極めて普遍的な問いだったのではないかと感じます。そしてそれは、空海が真言密教を通して伝えようとした思想とも、どこか深い部分で響き合っているように思えるのです。

  • 悟りのPDCAサイクル ― 日常に生きる仏道の実践

    悟りのPDCAサイクル ― 日常に生きる仏道の実践

    釈尊も空海も、自身の悟りを得た後に、その真理を世に広め、多くの人々の幸福を願って活動を続けました。これらの営みは歴史に大きな影響を与え、高く評価されています。
    つまり、仏教の悟りとはその瞬間で終わるものではなく、むしろそこからが始まりではないでしょうか。

    悟りに至った後も、一瞬一瞬を丁寧に生き続けること――それこそが人の道であると私は考えます。

    最も大切なのは、まず「悟りたい」と願うことです。
    悟ろうと志したその瞬間、すなわち発心の時点で、すでに悟りは始まっているのだと思うのです。

    そして、その発心を継続していくことが重要です。
    継続のためには、常に精神が充実している必要があります。その基盤となるのが、あらゆるものへの感謝の心です。

    日々の生活の中で感謝を積み重ねることで精神は満たされ、自らの悟りが正しいものであるかを確かめ続けることができます。
    私のような凡人にとっては、これは終わりのない修行でもあります。

    これはいわば「悟りのPDCAサイクル**」とも言えるものであり、人はその循環の中で、より深い幸福へと至っていくのではないでしょうか。

    人はそれぞれの縁に従い、さまざまな道を歩みます。
    しかし、その歩みの本質は、このサイクルを回し続けることにあるのではないでしょうか。

    煩悩を抱えて生きる私たちは、日々の中で失敗もし、他人に迷惑をかけることもあります。それらを完全に避けることはできません。
    だからこそ、日常の中でこの循環を回し続け、少しずつ悟りの深みに近づいていく――それが人の道なのだと思います。

    そこに明確なゴールはありません。
    ただ一歩一歩前に進み、できることなら後に続く人に道を示しながら、先の見えない道を歩み続ける。それが私たちの生き方なのでしょう。

    それぞれが自らの天命に従い、「悟りのPDCAサイクル」を実践していくこと――
    それこそが真の密教の教えであり、いわゆる「即身成仏」の思想に通じるものではないかと、私は考えています。

    **PDCAサイクルとは、計画(Plan)・実行(Do)・評価(Check)・改善(Act)の4つの工程を繰り返し、物事を継続的に向上させていく考え方です。まず目標や方針を定めて実行し、その結果を振り返って検証し、課題を改善します。この循環を何度も回すことで、精度や成果が徐々に高まり、より良い状態へと導かれていきます。

  • 中東情勢を空海の思想から考える(5)― 密教が示す新たな国際秩序 ―

    中東情勢を空海の思想から考える(5)― 密教が示す新たな国際秩序 ―

    ■ 停戦の報と揺らぐ世界情勢
    今回の中東情勢では、2026年4月8日時点で、ひとまず2週間の停戦が成立したと報じられています。このまま停戦が延長されていくことを願わずにはいられません。

    今回の戦争、そしてウクライナ戦争を含め、私たちは国際秩序が揺らいでいく様子を目の当たりにしています。


    ■ 戦後国際秩序の成り立ちと変容
    そもそも国際秩序とは、第二次世界大戦後、国際連合を中心に築かれようとしたものでありました。しかし間もなく冷戦に突入し、米ソによる均衡が長く世界を規定することになりました。

    その後、ソビエト連邦が崩壊し、アメリカ一強の時代が訪れましたが、近年では中国やインドの台頭により、その構造も揺らぎつつあります。


    ■ 「力による安定」の限界
    しかし、戦後の国際秩序は、突き詰めれば「力による安定」であったとも言えます。一国による支配的な秩序には限界があり、それが本当に望ましいものであったのかは、改めて考える必要があります。


    ■ 新たな秩序への視座と密教的世界観
    これからは、崩れゆく国際秩序の先に、新たな枠組みを構築していかねばなりません。その理念として私が思い浮かべるのは、空海の説いた密教的世界観です。


    ■ 理念としての国連とその補完
    もちろん、密教的な理念によって新たな国際秩序を一から構築することは、現実的ではないでしょう。
    しかし、戦後に定められた国連憲章は非常に優れた理念を持ちながらも、いくつかの課題を抱えているのも事実です。


    ■ 多様性を包み込む秩序へ
    その理念を土台としつつ、密教的な「多様性を包み込む考え方」によって補完していくことこそ、現実的な道ではないでしょうか。

    そのためには、この考え方を共有する国々との連携が不可欠です。これからの日本の国際政治においては、多様な価値観を受け入れながら、他国との「縁」を広げていくことが重要になると考えます。


    ■ 衆縁和合という思想
    すべてを否定せず、包み込み、調和へと導いていく――この「衆縁和合」の発想こそが、密教の目指す境地に通じるものではないでしょうか。


    ■ 相互依存の世界観と未来
    国家も世界も、本質的には分離されたものではなく、相互に依存し合う存在です。それらが同じであると理解できたとき、より調和のとれた社会が見えてくるのではないでしょうか。

    このような発想こそが、今求められているのかもしれません。

  • 中東戦争を空海の思想から考える(4)― 密教から考える停戦への道―

    中東戦争を空海の思想から考える(4)― 密教から考える停戦への道―

    国家的煩悩から生まれる戦争という構造

    人の心に煩悩ある限り、争いは形を変えて繰り返される。国家もまた、人の集まりである以上、その例外ではない。

    前回の随筆では、現在の中東における戦争を「国家的煩悩」という観点から論じました。しかし、時間が経っても、この戦争は状況が好転するどころか、むしろ悪化しています。
    今回は、この中東戦争を終わらせる知恵がないのかを、密教の観点から考えてみたいと思います。


    深刻化する中東情勢とその連鎖的影響

    現在の状況を見ると、アメリカのトランプ大統領は「イランとの協議は良い方向に進んでいる」と述べています。一方でイラン側は、アメリカに対して謝罪と賠償を求めており、両者が容易に歩み寄れる状況にはありません。さらにイスラエルはイランへの攻撃を激化させ、アメリカも地上軍投入を視野に入れているように見えます。

    このままでは、イランが滅ぶまで戦争が続くかのような様相です。これはまさに、第二次世界大戦末期における日本の「一億玉砕」にも似た危機的状況です。しかし、その影響はイラン一国にとどまりません。戦争が泥沼化し中東地域が荒廃すれば、石油供給が数年にわたり停止し、世界的な不況が訪れるでしょう。そしてその不況は、さらなる戦争の連鎖を生む可能性すらあります。


    「正しさ」よりも優先されるべきもの

    今の段階で「どちらが国際法的に正しいか」を論じることには、あまり意味がありません。最優先すべきは、可能な限り早く戦争を終わらせることです。

    アメリカでは国民の半数以上が戦争に反対しており、戦争停止のハードルは決して高くありません。しかし、アメリカが一方的に不利な条件で戦争を終えることは、トランプ大統領にとって受け入れがたいでしょう。イスラエルも本音ではイランの体制転換まで戦争を継続したいと考えているはずですが、アメリカが撤退すれば継続は困難になります。


    停戦を阻むイランの核心的課題

    最大の問題はイランです。一方的な停戦では到底納得できない状況です。しかし同時に、国体を維持したまま戦争を終えられるのであれば、それは決して悪い選択ではありません。その条件として、イランへの経済制裁の解除は不可欠です。

    交渉の焦点は、イランの核兵器と弾道ミサイルの開発になります。核開発については一定の譲歩の余地があるように見えますが、弾道ミサイルはイランにとって国家安全保障の核心であり、簡単には譲れないでしょう。


    国際世論が生み出す「世の流れ」

    では、この難しい停戦を誰がまとめるのか。どの国、どの機関であれ、成立には国際世論の後押しが不可欠です。ここにこそ「世の流れ」があります。そして、その流れを作ることは、一般の人々にとっても重要な役割です。

    まず必要なのは、合意内容の細部にこだわる前に「即時停戦」を実現することです。そして時間を置き、当事者が冷静さを取り戻すことが重要です。
    その過程で、国際世論によって支持された「世の流れ」が徐々に形を持ち、停戦から恒久的な解決へとつながっていくはずです。

    しかし現実には、そのような調停を担える国際機関や国家が存在しないことが、現在の世界の悲劇でもあります。


    G7と民主国家の役割

    だからこそ、国際世論を動かす必要があります。それを主導できるのは、アメリカを除いたG7諸国でしょう。これらの国々では世論が政治に与える影響が大きく、世論そのものが国家運営の原動力となり得るからです。G7や先進民主国家は、国内世論に後押しされる形で、この戦争の調停へと動いていくことが期待されます。

    また、停戦が実現すれば、当事国にも変化が起こる可能性があります。イスラエルは国際的評価を大きく損ない、今後さまざまな不利益を被ることになるでしょう。政権の交代もあり得ます。アメリカのトランプ政権も同様に影響を受ける可能性があります。

    イランにとっては、まず復興が課題となります。しかし現在の悲劇的状況が終わるだけでも、状況は大きく改善するのです。


    密教から見る戦争の段階と人類の課題

    現時点で、民主国家において最も重要なのは、強力な反戦世論を形成することです。それは「誰が悪いか」という議論を超え、「戦争はしてはならない」という根本原則に立ち返った世論です。

    これは密教に限らず、あらゆる宗教に共通する普遍的な教えでもあります。
    現状は、国家が目先の国家的煩悩を実現しようとし、その結果として多くの国家や人々に苦しみをもたらしている状態です。

    この状況は、十住心論で言えば、第二段階である「愚童持斎住心」にとどまっているにすぎません。この段階を超えるためには、まず停戦し、冷静な議論を重ねることが不可欠です。そうすることで、第三段階である「幼童無畏住心」へと進む道が開かれるでしょう。

    もちろん第三段階で十分ということではありません。しかし、十住心論の理念にある通り、人も国家も段階的に成長し、より高い次元へと進んでいくことが重要なのです。


    結論:戦争を止める力はどこにあるのか

    その第一歩として求められるのは、一人一人が強い反戦の意思を持ち、それを世論として形にしていくことです。
    戦争を止める力は、国家だけでなく、私たち自身の中にもあります。

    すべては同じ「空」にあるがゆえに。

  • 中東戦争を空海の思想から考える(3)― 国家的煩悩との戦い ―

    中東戦争を空海の思想から考える(3)― 国家的煩悩との戦い ―

    前回の随筆では、現在の中東における戦争を「縁起」と「諸行無常」の観点から考察しました。今回はさらに「煩悩」という観点を加え、この紛争において我々一人ひとりに何ができるのかについて洞察したいと思います。


    ■ 空海の教え──煩悩と即身成仏

    空海は「即身成仏」を説きました。それは、煩悩を抱えた人間であっても、密教を通じて「空」の原理を理解し実践すれば悟りに至ることができる、という教えです。

    この実践においては、煩悩を八正道によって適切に制御し、十住心論に示されるように段階的に人格を高めていくことで、最終的な解脱に至ります。

    ここで重要なのは、煩悩を適切に制御することで我々は仏となり、すなわち幸福に至ることができるという点です。空海は、煩悩を否定するのではなく、それを肯定したうえで制御することの重要性を説いているのです。


    ■ 国家にも存在する「煩悩」という構造

    今回の中東での紛争は、「国家的煩悩」に起因しているといえます。煩悩は個人の内面にとどまらず、人間が社会を形成することで、その社会自体にも生じます。本稿では、国家規模で現れるこうした煩悩を「国家的煩悩」と呼びます。


    ■ イスラエルの行動をどう捉えるか

    今回の紛争について、筆者はイスラエルの国家的煩悩が大きな要因の一つであると考察します。同国は自国の安全保障のため、敵対勢力を徹底的に排除しようとしていますが、これは個人が憎しみの対象を打ち負かそうとする煩悩と本質的に同じものです。


    ■ 因果応報と終わらない紛争の連鎖

    しかし、密教的な観点からすれば、因果応報の法則により、その行為は新たな結果を生み、さらにそれが原因となるという因果の連鎖を生み出します。その結果、紛争は繰り返され、終わりの見えない状態に陥っていきます。


    ■ 政治という現実的解決の領域

    本来であれば、この理を個人に説くことが重要ですが、今回は国家的煩悩の問題であり、単純な解決は困難です。前回述べたように、さまざまな縁が絡み合い、状況は複雑化しています。

    現実的な解決は、やはり政治の領域に委ねられます。政治は必ずしも理想のみで動くものではありませんが、現実的な最善策を積み重ね、安定した状態へと導くことが求められます。


    ■ 個人にできること──宗教的倫理からのアプローチ

    宗教的倫理の立場からできることは、個々人がこの問題を深く洞察し、「戦争によって国家的煩悩は満たされない」という認識を広めていくことです。とりわけこの視点において、密教的倫理観を有する日本が国際世論を主導する意義は大きいといえるでしょう。


    ■ 戦争の現実と拡大する煩悩

    実際、今回の戦争によって、イスラエルおよびアメリカ合衆国の目的が達成されているとは考えにくく、一般市民の死者は増え続け、終結の兆しも見えず、むしろ泥沼化の様相を呈しています。また、イランでは報復感情が高まり、新たな煩悩を生み出しているようにも見受けられます。

    さらに国際社会においても、支持は広がらず、不満が増大している状況です。


    ■ 否定しないという選択──停戦への道

    国際的な世論を形成し、まずは停戦を求める声を高めることが重要です。ここで求められるのは、特定の国家を一方的に否定することではなく、いずれの立場も認めつつ、対立の連鎖を断ち切る姿勢です。このような寛容の思想こそ、密教的伝統を有する日本が発信すべき価値観といえるでしょう。


    ■ 新たな国際秩序へ──日本の役割

    そのうえで政治的妥協を模索し、将来的に同様の事態が起こらない仕組みを構築する必要があります。これは非常に困難な課題であり、国際秩序の再設計を伴うものです。

    ここで、前回の随筆で述べたように、日本は密教的倫理観と現実的な国際感覚の両輪をもって、しなやかな新たな国際秩序の構築を主導すべきであると、筆者は考えます。

  • 自我と縁のオリンピック

    自我と縁のオリンピック

    ミラノ・コルティナの冬季オリンピックが閉会しました。
    日本は過去最多のメダルを獲得し、大いに盛り上がった大会となりました。

    スポーツには必ず勝敗があります。結果としてメダルの数が示され、日本が他国より優位にあるという感覚を抱くことになります。しかし実際にテレビで観戦していると、心を打たれるのは勝敗そのものよりも、そこに至るまでの道のりではないでしょうか。

    長い年月をかけた努力、幾度もの失敗、支えてくれた人々の存在。その積み重ねの先にある一瞬の結果には、必ず物語があります。それは勝者であれ敗者であれ、変わることはありません。

    人はその物語の中に、自らの人生を重ね合わせます。だからこそ、オリンピックは単なる競技大会ではなく、生きる糧となる感動を与えるのだと思います。

    さらに言えば、選手一人の輝きの背後には、多くの関係者の努力があります。コーチ、スタッフ、家族、仲間。無数の支えの中で、その一瞬は生まれます。特に日本人は「みんなで支える」という意識が高いように感じます。そのためか、選手は勝利のインタビューでまず感謝の言葉を述べます。そこに日本人の美徳を見る思いがいたします。

    仏教の立場から見れば、万物はすべて空であります。しかし人は煩悩が生じたとき、空から遊離したかのように自我の世界を作り出します。勝ちたい、負けたくない、評価されたい――その思いが個を際立たせます。

    けれどもオリンピックという舞台では、その自我さえもまた、多くの人々の自我に支えられています。一人の栄光は、無数の縁の結び目にすぎません。その輝きは、空の中に一瞬あらわれる光のようなものです。

    そして人は、その光そのものよりも、そこに至るまでの物語に心を動かされます。
    一瞬の結果よりも、無数の縁と努力の積み重ねにこそ、真の感動が宿るのです。

    私たちの人生もまた同じではないでしょうか。
    成功や評価という一瞬の輝きよりも、日々の積み重ねと支えてくれる縁こそが尊い。その一瞬一瞬に生まれる意識の花を、できるならば清らかに、そして感謝とともに咲かせていきたいものです。

  • 即身成仏とテクノロジーの時代

    即身成仏とテクノロジーの時代

    平安時代の僧、空海(弘法大師)は、「即身成仏」という教えを説きました。
    それは、「この身このままで仏になれる」という、とても力強い思想です。

    仏教というと、厳しい修行を何十年も続けなければ悟れない、というイメージを持つ人も多いかもしれません。確かにお釈迦さまも長い修行の末に悟りを開きました。しかし、極端な苦行そのものが悟りを生んだわけではありません。

    悟りとは、何か特別な力を得ることではなく、「本質に気づくこと」なのではないでしょうか。

    空海の説く即身成仏も、どこか遠い世界へ行くことではありません。
    「すべては空(くう)である」と、心の底から納得すること。
    その“腹落ち”こそが大切なのだと思います。


    ■ テクノロジーが進化すれば、悟りも近づく?

    現代はテクノロジーが急速に進化しています。
    AI、量子コンピュータ、脳科学…。

    「脳の仕組みが解明されたら、悟りも科学的に説明できるのでは?」
    「瞑想アプリやデバイスを使えば、簡単に悟れるのでは?」

    そう考える人もいるかもしれません。

    けれども、テクノロジーがどれほど進歩しても、
    それだけで即身成仏が簡単にできるようになるとは言えません。

    なぜなら――

    テクノロジーは「外側」を扱うものだからです。

    情報を早く処理する。
    身体を便利にする。
    距離や時間を縮める。

    しかし、即身成仏とは「内側の理解」です。
    自分の執着や不安、欲望、怒りと向き合い、
    それらも含めて「空である」と深く納得することです。

    どれほど高性能な道具があっても、
    「気づく」という体験そのものを代わりにしてくれるわけではありません。

    最新のスマートフォンを持っていても、
    悩みがゼロになるわけではないのと同じです。


    ■ テクノロジーは否定すべきものか?

    もちろん、テクノロジーが悪いわけではありません。
    それは人間の知恵の結晶であり、生活を豊かにしてくれます。

    けれども、空の世界観から見れば、
    テクノロジーもまた移ろいゆく現象の一つにすぎません。

    便利さも、流行も、発明も、
    やがて変化し、消えていきます。

    その意味では、テクノロジーは悟りへの「近道」ではなく、
    あくまで時代の流れの中の一つの出来事なのです。


    ■ 即身成仏は、時代を超える

    空海の即身成仏は、
    平安時代でも、現代でも、未来でも変わりません。

    それは、外の進歩ではなく、
    内なる洞察の深まりによって開かれるものだからです。

    八正道に基づき、
    物事を丁寧に観察し、考え抜き、
    「すべては空に帰着する」と腑に落ちる。

    その営みは、テクノロジーとは無関係に、
    静かに、しかし確実に続いていく道なのではないでしょうか。