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  • 変革期の世界をどう見るか― 縁起と即身成仏から未来を考える

    変革期の世界をどう見るか― 縁起と即身成仏から未来を考える

    変革期の世界をどう読み解くか

    前回の随筆では、「世界の変革期を平和的に乗り越えるためには、歴史の事象を縁起と無常の思想を通して見つめることが重要ではないか」と述べました。
    これはつまり、これからの時代を読み解くために、仏教的な観念を一つの軸として据えるべきではないか、という問題提起でもあります。


    西洋合理主義が築いた現代世界

    大航海時代以降、ヨーロッパ文明、すなわち西洋合理主義は世界の発展を牽引してきました。
    民主主義という政治体制と、資本主義という経済システムによって、世界はかつてないほど大変豊かになったと言えるでしょう。

    この流れは、正しいか間違っているかという単純な評価ではなく、中世から近代、現代へと進む中で、より多くの人が幸福になるための選択としては、ベターなものであったと私は考えています。


    広がる格差と分断という現実

    しかし今日、この同じ流れの中で、人々の貧富の格差は拡大し、多くの人に不満が生まれ、世界は分断へと向かいつつあります。
    民主主義や資本主義そのものが悪いというよりも、それだけでは立ち行かなくなってきているという現実が、私たちの前に現れているのではないでしょうか。

    では、さらに多くの人が幸福になるために、私たちは何を加えるべきなのでしょうか。


    合理的ではない「もう一つの視点」

    私は、従来の民主主義や資本主義に加えて、もう一つの新たな考え方が必要になっているのではないかと思います。
    それは、西洋合理主義にはあまり見られない、合理的ではない何かだと私は考えています。

    仏教的に言えば、それは縁起の思想に基づき、人々が互いに関係し合いながら、さまざまな価値観を生み出し、それを楽しむという生き方です。


    八正道を土台とした多様な価値観

    その土台となるのが、仏教の八正道に象徴される「正しく生きるための指針」ではないでしょうか。
    ただ経済的に合理的かどうかで判断するのではなく、人それぞれが異なる立場や関係性の中で、生きていることそのものを肯定し、楽しめる価値観を育んでいく。

    そこにこそ、これからの時代に必要な視点があるように思います。


    「空」として生きるということ

    その根本にあるのは、「人は空である」という仏教の考え方です。
    固定された自己に縛られることなく、この人生を正しく、そして楽しく生きていくこと。
    それは決して刹那的な快楽ではなく、縁起の中で他者と関わりながら生きる、深い肯定の思想です。


    即身成仏という空海の到達点

    そして、その思想の頂点には、空海が悟った即身成仏があるのではないでしょうか。
    この身、この現実世界の中でこそ仏となる――その思想は、混迷する現代において、あらためて私たちに大きな示唆を与えているように思われます。

  • 変革期の世界をどう見るか ― 密教的歴史観

    変革期の世界をどう見るか ― 密教的歴史観

    ■ 歴史を学ぶということ

    歴史から学ぶことは、とても重要です。
    しかし、歴史をどのように捉えるかは、決して簡単なことではありません。

    よく「歴史は年表が大切だ」と言われます。確かに、歴史的な出来事を時系列で整理した年表は重要な資料です。ただし、年表に記されているのは、あくまでも「結果」として現れた出来事だけです。


    ■ 密教的に見る「歴史」

    仏教である密教は、因果応報の思想を基盤としながら、縁の働きに目を向けます。
    すべての結果には必ず原因があり、その原因は多くの「縁」が重なり合って生じます。

    しかし、その縁もまた一瞬一瞬に生まれては消えていくものです。
    つまり、年表に書かれている歴史的事象とは、時間の流れの中で縁がかななり合って生じた「ある一断面」を切り取ったものに過ぎないと言えます。


    ■ 本当に見るべきもの

    重要なのは、単なる出来事の羅列ではありません。
    時間の流れ全体の中で、縁がどのように展開し、その結果として一つの事象が現れたのかを観ることです。

    諸行無常の観点からすれば、時間は刻々と流れており、過去の事象がまったく同じ形で繰り返されることはありません。
    しかし、縁の展開が似ていれば、似たような出来事が起こることはあります。


    ■ 歴史から何を学ぶのか

    もし、その出来事が悲劇を生むものであったなら、私たちはそれを回避しなければなりません。
    そのために必要なのは、「何が起きたか」ではなく、縁がどのようにつながり、どこで歪んだのかを見極めることです。

    悪縁を断ち切ること。
    それこそが、歴史から学ぶべき本質ではないでしょうか。


    ■ 現代と100年前の類似

    現在、世界は大きな変革期にあるように感じられます。
    これまで当たり前だと思われてきた社会秩序が、根本から変わろうとしているように思われます。

    この状況は、歴史的に見ると約100年前の世界とよく似ています。
    当時は、第二次世界大戦という未曽有の悲劇を経て、新しい国際秩序が形成されました。


    ■人類がするべきこと

    今、人類がなすべきことは、同じ悲劇を繰り返すことではありません。
    争いによってではなく、平和的な手段によって、より豊かで、多くの人々が幸福になれる新しい秩序を生み出すことです。

    そのために重要なのは、過去の歴史を単なる出来事として振り返ることではありません。
    どのような縁が重なり、どこで歪み、悲劇へと至ったのかを丁寧に見つめ直すことです。

    悪縁とは、突然生まれるものではありません。
    恐怖を煽る言葉、分断を助長する情報、他者を単純に敵味方に分ける思考が、時間をかけて結びつき、やがて大きな悲劇を生み出します。
    悪縁を断ち切るとは、こうした思考と情報の連鎖を早い段階で見抜き、手放すことに他なりません。

    現代は、情報が瞬時に世界を巡る時代です。
    だからこそ、歴史の事象の表面的な類似性だけを語るのではなく、その背後にある縁の結びつきを冷静に見極める姿勢が、これまで以上に求められています。

    縁起と無常を見つめ、対立ではなく関係性として世界を捉える密教的世界観は、この時代にこそ必要な視点です。
    そして、その思想を長い歴史の中で培ってきた日本には、新しい社会の在り方を示す役割があると、私は考えています。