第三回目の四国八十八箇所霊場巡礼記です。
今回は、第二十四番札所から第三十六番札所まで、高知県の札所を巡りました。2026年[2026年9月29日から10月1日の二泊三日の巡礼です。
車での巡礼ですが、高知県まで足を延ばすと、日帰りではどうしても移動に多くの時間を取られてしまいます。そこで今回は二泊三日の日程を組み、お寺や周囲の景色を味わいながら巡ることにしました。
今回、特に心に残ったのは、海と山の景色です。高知県は東西に長く、札所と札所の間も離れています。車で走っていてもその距離を実感し、歩いて巡礼される方々の苦労を思わずにはいられませんでした。
訪れたお寺は、それぞれに厳かな佇まいを見せていました。そして、お寺から望む海や、山に包まれた境内の静けさも、深く印象に残っています。
広い海を眺め、山の静けさに身を置いていると、自分も自然の一部なのだと感じられます。その感覚は、私にとって、仏教の説く宇宙観や「すべては空である」という教えに思いを巡らせるきっかけとなりました。空海もまた、こうした自然の中で、自分と自然のつながりを見つめ、悟りを深めたのではないかと思います。
それでは、今回巡った札所を、そこで出会った景色や感じたこととともにご紹介します。

1.第二十四番札所 室戸山 明星院 最御崎寺(ほつみさきじ)
第二十四番札所・最御崎寺(ほつみさきじ)の本尊は、虚空蔵菩薩です。
室戸岬の先端近く、急な山道を登った高台にあります。周辺には太平洋を見渡せる場所もありますが、訪れた日はあいにくの雨で、海の眺めを十分に楽しむことはできませんでした。
近くの海岸には、空海が暮らしたと伝わる御厨人窟と、修行の場とされる神明窟があります。この室戸の地には、修行中の空海の口に明星が飛び込んだという伝説が伝えられています。
境内の木々は苔に覆われ、雨に濡れた緑からは、南国の森を思わせる雰囲気が感じられました。山門では、お迎え大師像が静かにたたずみ、巡礼者を迎えていました。



2.第二十五番札所 宝珠山 真言院 津照寺(しんしょうじ)
津照寺は、室戸市の漁港近くの小高い丘にあるお寺です。急な石段の先に本堂があり、境内には大師堂もあります。多くの人がお参りに訪れており、漁港の暮らしに溶け込んだ、どこか親しみを感じるお寺でした。
ご本尊は、楫取地蔵(かじとりじぞう)と呼ばれる地蔵菩薩です。海上安全や大漁を願う人々の信仰を集めており、海とともに暮らす町の人々にとって、身近な祈りの場なのだと感じました。



3.第二十六番札所 龍頭山 光明院 金剛頂寺(こんごうちょうじ)
金剛頂寺は、海を望む山の上にあるお寺です。狭い山道を登ってたどり着く境内には、海と山の境界に身を置くような趣がありました。
ご本尊は薬師如来です。室戸の札所を巡る道のりの一区切りとなるこのお寺は、長い道を歩き、疲れたお遍路の方々をやさしく迎えてくれるように感じられました。



5.御厨人窟(もくろど)
室戸で忘れてはならないのが、御厨人窟(もくろど)です。室戸岬にあるこの洞窟からは、太平洋が広がる景色を望むことができます。若き日の空海がここで寝起きし、隣の神明窟で修行を重ねたと伝えられています。修行の最中、明星が口に飛び込んだという伝承も残っています。
貧道は、この室戸の地で、空海が悟りにつながる大きな気づきを得たのではないかと思うのです。果てしない海を見つめ、瞑想を重ねるうちに、自分と自然を隔てる感覚が薄れていく。自分もまた、この大きな世界の一部であると感じる。そのような体験が、空海の「空」への理解を深めたのではないでしょうか。
洞窟の向こうに広がる空と海を思うと、難しい言葉で語られる空海の思想も、自然を前にした深い実感から育まれたのではないかと想像します。



5.第二十七番札所 竹林山 地蔵院 神峯寺(こうのみねじ)
神峯寺は、狭い山道を登った先、山の中腹にありました。山門では、どこか優しげな仁王様が迎えてくれました。
ご本尊は十一面観世音菩薩です。このお寺でも、山と海の境界に身を置くような感覚を覚えました。険しい山道に自然の荒々しさを感じる一方、境内にはほっと心が和らぐやさしさがありました。



6.第二十八番札所 法界山 高照院 大日寺(だいにちじ)
大日寺は、田園の広がる土地にある、のんびりとした雰囲気のお寺です。境内ではイチョウの緑が印象的で、きれいに手入れされた庭にも心が和みました。
ご本尊は大日如来です。室戸岬を越え、長い道のりを歩いてきたお遍路の方々も、ここではほっとひと息つけるのではないかと感じました。



7.第二十九番札所 摩尼山 宝蔵院 国分寺(こくぶんじ)
国分寺も、田園に囲まれたお寺です。奈良時代、国ごとに建立された国分寺の一つで、近くには土佐国の政治を担う国衙も置かれていました。今の穏やかな田園風景からは、かつてこの一帯が土佐の中心地だったことを想像するのが難しいほどです。
広がる田園を眺めていると、古代の人々も川の水を田に引き、稲作を営んでいたのではないかと想像します。そうした田畑の実りが、土佐の中心地を支えていたのかもしれません。
山門は堂々としており、土塀に囲まれた境内には、端正なたたずまいが感じられました。ご本尊は千手観世音菩薩です。田園ののどかさのなかにも、長い歴史を受け継いできたお寺の風格を感じました。



8.第三十番札所 百々山 東明院 善楽寺(ぜんらくじ)
善楽寺は、土佐一之宮である土佐神社の隣にあります。神社の参道からお寺へと足を運ぶと、門前の集落の暮らしのなかに、神と仏への祈りが息づいているように感じられました。
善楽寺は、かつて土佐神社の別当寺であり、神仏習合の歴史を持つお寺です。神社とお寺が隣り合う風景にも、貧道は不思議と違和感を覚えませんでした。
さまざまな神仏への祈りを、悟りへ向かう入り口として受け止める。貧道には、この風景が、空海の思想に感じる懐の深さと重なるように思えました。
ご本尊は阿弥陀如来です。神と仏がともに人々の暮らしを見守るような、親しみを感じるお寺でした。



9.第三十一番札所 五台山 金色院 竹林寺(ちくりんじ)
竹林寺は五台山の上にあり、隣には牧野富太郎博士の業績を記念して設けられた牧野植物園があります。
境内には五重塔がそびえ、山門にも堂々とした風格がありました。堂塔の立派なたたずまいからは、長い年月をかけて大切に守られてきたお寺の歴史の厚みを感じます。
ご本尊は、智慧をつかさどる文殊菩薩です。隣の植物園とともに、この山が人々の学びや祈りを育む場所であるように感じられました。



10.第三十二番札所 八葉山 求聞持院 禅師峰寺(ぜんじぶじ)
禅師峰寺は、太平洋に面した小高い山の上にありました。境内には独特な形の岩が立ち並び、まるで石庭のような景観を見せています。その向こうには太平洋が広がり、海を一望することができました。
山門には長い年月を感じさせる趣がありました。ご本尊は十一面観世音菩薩です。岩の力強い姿と、どこまでも広がる海が印象に残るお寺でした。



11.第三十三番札所 高福山 幸福院 雪蹊寺(せっけいじ)
雪蹊寺は、集落のなかにあるお寺でした。境内には稲荷大明神が祀られ、背後には長宗我部元親を祀る秦神社があります。
秦神社は、明治の廃仏毀釈によって雪蹊寺が一時廃寺となった際に創建された神社です。そうした歴史を経て、今は神社とお寺が隣り合っています。その風景に違和感を覚えないところに、神と仏をともに敬う信仰のあり方を感じました。
ご本尊は薬師如来です。人々の暮らしのすぐそばで、祈りを受け継いできたお寺のように感じられました。



12.第三十四番札所 本尾山 朱雀院 種間寺(たねまじ)
種間寺は、田園のなかにあるお寺です。駐車場も広く、境内にはゆったりとした開放感がありました。堂宇が整然と並ぶたたずまいからは、落ち着いた印象を受けました。
ご本尊は薬師如来です。周囲ののどかな田園風景と相まって、穏やかな気持ちでお参りできるお寺でした。



13.第三十五番札所 醫王山 鏡池院 清瀧寺(きよたきじ)
清瀧寺は、狭い坂道を登った先にありました。境内では、大きな薬師如来像がひときわ目を引きます。その堂々としたお姿を見上げると、自然とありがたい気持ちになりました。
ご本尊は薬師如来です。坂道を登ってたどり着いた参拝者を、やさしく見守ってくださるように感じられるお寺でした。



14.第三十六番札所 独鈷山 伊舎那院 青龍寺(しょうりゅうじ)
青龍寺は、横浪半島にあるお寺です。かつては宇佐から船で渡って参拝したといいますが、今は宇佐大橋を渡って訪れることができます。
駐車場から山門へ進み、長い石段を登ると、本堂が静かにたたずんでいました。本堂を飾る彫刻はたいそう立派で、思わず見入ってしまいました。
ご本尊は波切不動明王です。海を渡ってこの地を訪れた昔のお遍路の方々も、石段の先にある本堂を仰ぎ、無事にたどり着いた喜びを感じたのではないかと思いました。



今回は、第三十六番札所・青龍寺までの巡礼となりました。
高知の遍路道の厳しさを、あらためて感じた旅でした。室戸岬までは遠く、そこからも東西に長い土佐の道が続きます。山が海に迫り、平野が限られる土地だけに、狭い山道や急な石段の先にあるお寺も少なくありませんでした。
一方で、その道のりは、山と海の美しさに出会う旅でもありました。それぞれのお寺が周囲の自然と調和し、ときにはその荒々しさを、ときにはやさしさを感じさせてくれました。
こうした風景のなかに身を置くと、若き空海がこの地で修行を重ね、何を感じ、何に気づいたのか、思いを巡らせずにはいられません。山と海に向き合う体験を通して、空海の求めた悟りが、以前より少し身近に感じられる旅となりました。












































































