カテゴリー: 巡礼

  • 四国八十八箇所霊場の巡礼記(2)

    四国八十八箇所霊場の巡礼記(2)

    第二回目の四国八十八箇所霊場巡礼記です。

    今回は第十二番札所から第二十番札所までを巡りました。2026年6月23日から24日にかけての巡礼です。これで徳島県の札所はすべて参拝することができました。次回からはいよいよ高知県に入ります。

    今回訪れた札所には山深い場所に建つ寺院が多くありました。空海が若き日に修行したと伝えられる寺もあり、古代日本の山岳信仰や修験道の雰囲気を今なお感じさせる場所ばかりでした。

    空海もこうした厳しい自然の中で修行を重ね、悟りを求めました。しかし、それだけでは満足せず、さらに深い仏教の真理を求めて唐へ渡ります。そして真言密教を学び、日本へ伝えました。その探究心と行動力は、改めて考えてみても並外れたものだったと思います。

    山寺を訪れると、圧倒的な自然の力を感じます。空海も同じ景色を見ながら修行していたのでしょう。しかし彼は、ただ自然と一体になるだけではなく、人間が自然の一部としてどのように生きるべきか、その答えを求め続けたのかもしれません。その思いが、海を渡り新たな教えを求める原動力になったようにも感じられます。

    それでは、今回巡った札所をご紹介したいと思います。

    1.第十二番札所 焼山寺(しょうさんじ)

    焼山寺は深い山々に囲まれた場所にあり、本尊は虚空蔵菩薩ですが、蔵王権現も祀られており、山岳信仰の色濃い寺院です。

    境内で特に印象に残ったのは石でした。徳島県特有の阿波青石が随所に使われており、その青緑色が周囲の自然と見事に調和しています。

    訪れた日は霧雨が降っていました。六月の湿った空気の中、木々の生命力がいっそう強く感じられます。そして阿波青石もまた、長い年月をこの山中で過ごしてきたかのような存在感を放ち、まるで石そのものにも息吹が宿っているように感じられました。

    2.第十三番札所 大日寺(だいにちじ)

    大日寺は城下町の里にあるお寺で、道を隔てた場所には阿波一宮があります。本尊の十一面観世音菩薩が祀られており、山深い焼山寺とは対照的に、人々の暮らしの中に溶け込んだ親しみやすい雰囲気のお寺でした。

    3.第十四番札所 常楽寺(常楽寺)

    常楽寺も集落の近くにあるお寺ですが、境内全体が岩盤の上に築かれているのが特徴です。足元の地面も岩で覆われており、まるで岩山の上に建つお寺のような独特の景観を見せています。

    本尊は弥勒菩薩です。遠い未来にこの世へ現れ人々を救うとされる仏様ですが、この岩の大地に立っていると、悠久の時の流れを見守っているような不思議な雰囲気を感じました。

    4.第十五番札所 国分寺(こくぶんじ)

    国分寺は常楽寺からすぐの場所にあります。名勝として知られる庭園があります。人工的な雰囲気で山岳信仰とは対照的な雰囲気です。

    5.第十六番札所 観音寺(かんおんじ)

    観音寺は住宅街の中にあるこぢんまりとしたお寺です。境内はコンパクトにまとまっており、大きな寺院とは異なる親しみやすい雰囲気があります。

    6.第十七番札所 井戸寺(いどじ井戸寺は郊外にある立派なお寺です。山門や伽藍も大きく、堂々とした風格を感じます。

    この寺には、空海が掘ったと伝えられる井戸があります。真偽は定かではありませんが、空海は満濃池の改修に代表されるように土木技術にも優れていた人物です。もし本当にこの地で井戸を掘り、人々の生活を支える水源を確保したのだとすれば、その功績は計り知れません。

    単なる伝説としてではなく、地域の人々の暮らしに寄り添った空海の姿を想像すると、深い感動を覚える札所でした。

    7.第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)

    恩山寺は山の中腹、深い森に囲まれた静かなお寺です。雨に濡れたアジサイが美しく咲き、境内にはしっとりとした風情が漂っていました。古いお堂には数多くの仏像が並び、長い歴史を感じさせる趣のある札所でした。

    8.第十九番札所 立江寺(たつえじ)

    立江寺は市街地にあるお寺です。庭はよく手入れされ、建物もきれいに整備されていました。修復された仁王像が、厳しい表情で山門を守る姿が印象的でした。

    9.第二十番札所 鶴林寺(かくりんじ)

    鶴林寺は山深い場所にありました。建物は古く、苔むした風情があります。山の中に三重塔がひっそりと建っており、静かで落ち着いた雰囲気のお寺でした。

    10.第二十一番札所 太龍寺(たいりゅうじ)

    太龍寺は、ロープウェイで向かうほど山深い場所にあります。「西の高野山」といわれるだけあって、山上には大きな伽藍が建ち、その荘厳な姿に圧倒されました。眼下には那賀川が流れ、まるで一匹の龍のように大地を潤す一方、ときには災害をもたらす存在でもあります。その龍を鎮め、人々の暮らしを見守るように太龍寺が建てられているのではないかと感じ、深く印象に残りました。

    11.第二十二番札所 平等寺(びょうどうじ)

    平等寺は里にあるお寺です。古い建物が残り、歴史を感じさせる風情ある札所でした。派手さはありませんが、どこか心が落ち着く、そんなお寺でした。

    12.第二十三番札所 薬王寺(やくおうじ)

    薬王寺は町中のお寺で、駐車場には日帰り温泉施設が併設されており、市民とともにあるお寺でした。建物もよく整備されています。

    今回は第二十三番札所までの巡礼となりました。

    二十三のお寺を巡礼してみると、本当に一つとして同じ寺はありません。それぞれに歴史があり、風景があり、信仰があり、個性があります。

    私は、日本に仏教が伝わった理由の一つは、新しい「知」を求めたことにあったのではないかと考えています。国家が発展していくためには、経済や行政だけでなく、教育や科学、思想といった知性が欠かせません。古代に伝来した仏教は、単なる宗教ではなく、文字、医学、土木、教育など幅広い知識を含んだ総合的な文化でした。寺院は、その土地に知をもたらし、人々を育てる拠点として大きな役割を果たしていたのではないでしょうか。

    時代は移り、多くの寺院は葬儀や法要を中心とした役割を担うようになりました。しかし、その役割も社会の変化とともに大きく揺らいでいます。そのような中で、四国八十八ヶ所は、巡礼という文化を通じて歴史や信仰を伝え、観光として訪れる人にも、仏教の教えを深く求める人にも、新たな価値を提供し続けています。

    そして何より不思議に感じるのは、**「空海がこの地を訪れた」**という事実が、千二百年の時を超えて今なお多くの人々を引き寄せ、その寺に新たな意味を与え続けていることです。それこそが「縁」の力であり、仏教が大切にしてきた世界なのかもしれません。

    私自身、この巡礼を通して寺院を巡っただけではなく、日本の歴史や文化、そして人と人との縁の尊さについて改めて考える機会をいただきました。

  • 四国八十八箇所霊場の巡礼記(1)

    四国八十八箇所霊場の巡礼記(1)

    いよいよ今月から四国八十八箇所霊場の巡礼を開始しました。
    今回は第一番札所から第十一番札所までです。2026年4月14日から15日かけて巡ってきました。

    徒歩で巡礼されている方々には大変恐縮ですが、当方は車での巡礼となります。それでも四国を巡りながら八十八の霊場を訪れる時間は、心が洗われるような感覚があります。

    現在では巡礼も一種のレジャーとして捉えられる面がありますが、それはそれで楽しさがあり、精神的な充実も得られるものだと感じています。悟りを求める厳しい修行というよりも、弘法大師・空海の説いた即身成仏の教えに触れながら、楽しく巡り、1200年以上前に空海が歩んだであろう地を訪ねていきたいと思います。

    また、多くの巡礼者の中には外国人の姿も見られます。信仰や精神性を求める心は、国や文化を超えて共通するものがあるのだと感じさせられます。

    各寺では般若心経を唱え、心を落ち着かせるよう心がけています。

    1.第一番札所 霊山寺(りょうぜんじ)

    やはり最初の札所ということもあり、駐車場も広く多くの参拝者で賑わっています。初めての方から慣れた様子の方まで様々です。巡礼の始まりとして、自然と期待感が高まります。
    境内入口には池があり、美しい錦鯉が優雅に泳いでいました。

    2.第二番札所 極楽寺(ごくらくじ)

    第一番札所と比べると、落ち着いた雰囲気があります。山門をくぐると整えられた日本庭園が広がり、境内には大きなクスノキが印象的でした。仁王像も迫力があります。

    3.第三番札所 金泉寺(こんせんじ)

    山門の仁王像が個性的で、倶利伽羅龍王像が特に印象に残りました。

    4.第四番札所 大日寺(だいにちじ)

    小さな山門をくぐると整った伽藍が広がり、西国三十三所の観音像が安置されていました。

    5.第五番札所 地蔵寺(じぞうじ)

    山門は小さいながらも特徴的な仁王像があり、境内中央の大きなイチョウが印象的です。弘法大師の像もあり、落ち着いた雰囲気です。

    6.第六番札所 安楽寺(あんらくじ)

    立派な山門と独立した仁王堂があり、境内も広く堂々とした印象を受けました。

    7.第七番札所 十楽寺(じゅうらくじ)

    山門をくぐり階段を上ると本堂があり、愛染明王が祀られています。隣には宿泊可能な施設も整備されています。

    8.第八番札所 熊谷寺(くまだにじ)

    階段を上り山門を抜けるとさらに奥へと続き、本堂と大師堂が静かに佇んでいます。かつては熊野神社があった場所とも伝えられています。

    9.第九番札所 法輪寺(ほうりんじ)

    このあたりで雨が強くなりました。古風な山門と、本堂・大師堂が静かに佇んでいます。

    10.第十番札所 切幡寺(きりはたじ)

    山麓から本堂まで333段の石段が続き、登るのはなかなか大変です。その分、到達した時の達成感があります。

    11.第十一番札所 藤井寺(ふじいでら)

    山門の仁王像が印象的で、大師堂には厳かな雰囲気の中に弘法大師像が安置されていました。

    今回は第十一番札所までの巡礼となりました。

    今回訪れた寺院はいずれもよく整備されており、多くの巡礼者を受け入れる体制が整っていると感じました。それは単なる物質的な豊かさではなく、巡礼文化を支え続けてきた歴史の積み重ねによるものなのでしょう。

    1200年以上前に弘法大師・空海が切り開いたこの巡礼の道が、今なお多くの人々に受け継がれていることに、深い縁と歴史の重みを感じます。

    多くの巡礼者がこの地を訪れ、その歩みが幾度となく重ねられてきた歳月は、個人や時代を超え、「すべては空である」という理を静かに示しているように思われます。

    弘法大師・空海が開いたこの巡礼の道を、今なお世界中の人々が辿り続けている——その営みそのものが、空海の説いた即身成仏の教えを、現代においても体感させてくれるものなのかもしれません。

  • 【巡礼】高野山巡礼 ― 空海と1200年の祈り

    【巡礼】高野山巡礼 ― 空海と1200年の祈り

    今から約1200年前、空海(弘法大師)は密教修行の道場として高野山を開山しました。

    3月3日、私はその高野山を巡礼し、金堂、金剛峯寺、そして奥の院を参拝してきました。

    紀ノ川の流れる平野から山道を数十キロ登っていくと、突然、山上に一つの宗教都市が現れます。そこには寺院や僧院が並び、静かな空気が漂っています。その中心にあるのが壇上伽藍と金剛峯寺です。

    1200年前、この地はまだ小さな修行の場であったことでしょう。しかし現在は、巨大な根本大塔や金堂がそびえ立ち、金堂には密教の中心仏である大日如来が静かに鎮座しています。金剛峯寺は真言密教の総本山として、今も多くの僧侶や参拝者を迎えています。

    建物は時代とともに変わっています。しかし、1200年前に空海がこの地に立ち、同じ山の空気を吸い、同じ空を見上げていたのだと思うと、不思議と空海に少し近づいたような気がしました。

    高野山の奥には奥の院があります。そこには空海が入定したとされる弘法大師御廟があります。真言宗では、空海は亡くなったのではなく、今もなお深い瞑想の中にあり、この世の人々の安寧を見守っていると伝えられています。

    奥の院へ向かう参道には、数多くの墓や供養塔が並んでいます。武将や大名、企業の供養塔まであり、その数は二十万基を超えるとも言われています。多くの人々が、空海のそばで眠りたいと願い、この地に墓を求めてきたのです。

    1200年もの長い間、高野山が密教修行の場として営々と続いてきたことは、本当に驚くべきことです。空海が悟った真理を、時代を越えて多くの人々が追い求め続けているのです。

    空海は「即身成仏」という思想を説きました。それは、この身のままで仏となるという深い教えです。

    私たちは通常、生と死をはっきりと分けて考えます。しかし空海の思想では、その境界を超え、すべてが一体となる「空(くう)」の世界が説かれます。すべての存在はつながり、分かれているようで本来は一つであるという考え方です。

    奥の院で今も瞑想を続けているとされる空海の姿は、まさにその教えを象徴しているように感じられます。生と死を超え、今も人々の世界とつながっている存在として、空海はそこにいるのかもしれません。

    空海に惹かれる人々が奥の院に墓を求めるのも、その教えのそばにありたいという願いからでしょう。しかし、本当に空海に近づくとは、単にその場所に眠ることではなく、空海が説いた「即身成仏」の境地を自らの人生の中で追求することなのかもしれません。

    空海は今も存在している。
    そして、その光は1200年の時を越えて今も人々を照らし続けています。

    高野山を歩きながら、私もまた少しでも空海に近づきたい、そして今という時間を大切に生きていきたいと感じた巡礼でした。